駅員の心理学

「一家に一台、心理学を」をスローガンに掲げる日本心理学普及協会では、心理学の知識を日常生活に活かすための新しい取り組みを続けています。

心理学はどんな場面で役立つのか?

今回は、毎日何万人もの人々と接する「駅員」という仕事を通して、人を理解することの面白さと奥深さに迫ります。

ライフ心理学アドバイザーの日向さんと、大規模ターミナル駅の副駅長である岩井さんの対話から、理論と実践が織りなす心理学の世界をのぞいてみましょう。

日向さん「岩井さん、お忙しいところ、お時間いただいてありがとうございます」

 

岩井さん「いやいや、喜んで協力させていただきます。日向さんのお姉さんとは大学時代からの付き合いですからね」

 

日向さん「姉も『岩井君に相談するといいんじゃない』って。やはり25年のベテラン駅員さんのお話は参考になりそうです」

 

岩井さん「副駅長という立場柄、新人教育にも関わることが多いので、研修のお話は興味深いですね。でも、心理学の専門家の日向さんに、私から何かアドバイスできるかな…」

 

日向さん「ぜひお聞きしたいんです。確かに私は心理学オタクですけど、現場を知らないので…。特に今回、お仕事いただいたのは駅員さんのメンタルヘルス研修ですから」

 

岩井さん「なるほど。鉄道会社からの依頼なんですよね」

 

日向さん「はい。でも、理論だけじゃなく、現場に即した内容にしたくて…」

 

岩井さん「研修の具体的な内容は決まっているんですか?」

 

日向さん「実は、その組み立てで悩んでいて…」

 

岩井さん「お互いの知見を共有できればと思います。…ちょうどいい例があそこに」

 

日向さん「え?」

 

岩井さん「窓の外、改札の前でしょう。あの迷っているように見えるご婦人」

 

日向さん「あ、はい。切符を何度も確認されていますね」

 

岩井さん「ベテラン駅員なら、あの仕草ですぐにわかります。私たちは『助けを求めているサイン』と呼んでいます。でも、声をかけるタイミングが重要なんです」

 

日向さん「あ、若い駅員さんが近づいていきました」

 

岩井さん「ええ。でも、ちょっと早すぎる…」

 

日向さん「あ、ご婦人が身を引くようにされました」

 

岩井さん「人は迷っているときでも、急に話しかけられると警戒してしまう。特に最近は不審者への警戒も強いですから。だから…」

 

日向さん「相手の心理的な準備が整うのを待つ…」

 

岩井さん「その通りです。あ、ご婦人の方から声をかけましたね。これが理想的なパターンです」

 

日向さん「なるほど…これは認知心理学でいう『アプローチ許容の準備状態』に近いかもしれません。あ、すみません。また私、相手の話の腰を追って心理学の話を始めてしまう癖が…」

 

岩井さん「いえ、続けてください。現場の経験と理論が結びつくのは面白いですね」

 

日向さん「ありがとうございます。でも、今日は岩井さんのお話をもっと伺いたいです。25年の経験の中で、特に印象に残っている出来事はありますか?」

 

岩井さん「そうですねえ…一番印象に残っているのは、10年ほど前の大規模な運転見合わせの時かな」

 

日向さん「え、どんな…」

 

岩井さん「突然の機器トラブルで、夕方のラッシュ時に30分以上の遅延が発生したんです。ホームは怒る人であふれかえって…」

 

日向さん「それは大変でしたね…」

 

岩井さん「ええ。でも、興味深い発見がありました。怒りの矛先は『状況』ではなく『対応する人』に向かうんです。だから、私たちは『謝罪する存在』ではなく『一緒に問題を解決する協力者』になることを心がけています」

 

日向さん「それって…すみません、また心理学の話をしそうになってしまいました」

 

岩井さん「いえ、どうぞ」

 

日向さん「実は『感情のラベリング効果』という概念に近いと思ったんです。怒りの感情に適切な『ラベル』を貼ることで、感情をコントロールしやすくなるという…」

 

岩井さん「なるほど!それ、すごく実感があります。私たちも『お客様のお怒りはごもっともです』と伝えた後に、『では、どうすれば今の状況を改善できるか、一緒に考えましょう』と言うんです」

 

日向さん「素晴らしいですね。理論と実践が見事に結びついています」

 

岩井さん「日向さん、これは研修に使えますか?」

 

日向さん「はい!理論だけでなく、現場での具体例があることで、受講者の方々の理解も深まると思います。…あ、また熱くなってしまいました」

 

岩井さん「その熱意は大切だと思います。特にメンタルヘルスの分野では」

 

日向さん「ありがとうございます。でも、研修では少し抑えめにしないと(笑)」

 

岩井さん「研修が終わったら、また話を聞かせていただけますか? 現場の経験と心理学の知見が結びつくと、新しい気づきがありますね」

 

(2人の会話はその後も弾みます)

 

 

今回の学び

トラブル対応では、怒りの感情に「ラベル」を貼って客観視することで冷静さを保てます。また、相手に対して単に謝罪するのではなく、「一緒に問題を解決する協力者」というスタンスを取ることで、相手の怒りを鎮め、建設的な対話が可能になります。